【メキシコ滞在記③】とりあえず１回飲み込んでみれば良い（その１）

子どもの時から、両親が買ってくれた海洋図鑑の中で発見して以降、ジンベイザメに憧れていた。あの巨体に似合わないこのつぶらな瞳と、ふにゃふにゃした口。このミスマッチさが可愛くてしかたなかったのだ。

幼少時の家の近くに神社があって、そこに鯉がたくさん住んでいる池があったのだが、その鯉に同じ顔の特徴を見だしてから、『この鯉たちを、神主に追いかけられながらかろうじて盗み出して、海に行って逃がしたらジンベイザメになるのだ』と妄想してほくそ笑んでいたのが昨日のようである。

鯉を太らして少しでもジンベイザメみたいにさせようと思って、安い食パンではなく、『超熟』食パンを家から拝借し、彼らにあげていたことも懐かしい。

そしてメキシコ滞在中、あるダイビング仲間と今まで海中で見た生物の話をしていた時。『ジンベイザメと泳げる場所が、カンクンから３時間ほど離れたところにあって、この前一緒に泳いできた』と聞いた瞬間、訳が分からなくなって、私の脳内はショート状態になった。

ちょっと待った、あの世界最大の魚と呼ばれる巨体の横を泳ぐだと？それをさらっと『この前市民プールで泳いできた』くらいのノリで言った彼のことを最初信じられず、５回くらい言い直してもらい、やっと言語を理解した。

彼からツアー情報を入手した後、１０分後にはもう翌日のジンベイザメツアーの予約を終えていた。幼い頃からの憧れであったジンベイザメと、２４時間以内に泳げる。ずっと勝手に不可能だと思ってきたので、簡単にそれが現実になったことに、思わず拍子抜けした。世界は、自分が思っている以上に簡単にできているものである。

その晩は、まだツアーが始まっても終わってもいないのに、お祝いと称し、近所のレストランでたらふくタコスを食いまくることにした。お代わり無料のサボテンの漬物もどきも頼みすぎたら、『セニョリータ、もう君にあげられるサボテンはない』と言われてしまったので、仕方なくホテルへ帰ることにした。

ツアー当日。朝５時にバスが迎えにきてくれた後、カンクンから２時間ほど離れたある港町へ他のツアー客と向かう。そして到着後、その港から更にボートで１時間ほどのジンベイザメの出没エリアへ出航した。

いきなりだが、皆さんに質問。ジンベイザメの主食はなんでしょう？

a.赤福餅

b.海中のプランクトン

c.きのこの山

正解はbである。ちなみに、aとcは私の主食である。

世界最大の魚が、極小のプランクトンを主食にしている？と驚いている人もたくさんいることだろう。彼らはまず、約１００リットルの海水を一気に飲み込んでから、プランクトンだけを胃に送り、そうでないものは口やエラから排出するのだ。だから咀嚼する必要がないので、歯はかなり退化している。幼い頃、祖父が入れ歯を出し入れしているのを見て、「ジンベイザメの口みたいだなぁ」とまじまじ観察していたものである。

ジンベイザメの出没エリアまであともう少しの地点で、ガイドが到着後のプランを説明し始めた。ツアー客を２人組ずつに分け、順番にペアで海にジャンプし、ジンベイザメと一緒に泳ぐ、という流れである。

隣に座っていた、母親と一緒に参加しにきた１２歳の男の子は、５歳の時にテレビでジンベイザメを見てから、ずっとファンであったことを話してくれた。１２歳がサメと泳ぐ？！と驚かれている方々もいるかもしれないが、このジンベイザメはサメの中でも一番穏やかな性格で有名で、人間に全くといっていいほど興味がないので、非常に安全なのである。プランクトンを主食にしているジンベイザメ、性格も超草食系。サメも人間も、食べているもので性格が作られるのかもしれない。

そして、エリアに到着。既にジンベイザメの影が何匹もボートから早速見える。その影は、まるで私達のボートを飲み込む勢いだ。ガイドはそれらを見渡した後、『今日はデカいのがたくさんいるな、１５メートルから１８メートルはあるよ』と私達に告げた。

私のペアが先発で指名され、海に飛び込む準備をするために、ボートの縁へ向かう。縁に座りながら、そのジンベイザメの影を見続けていると、興奮、不安、喜びの感情のミックスソフトクリームを食べているようで、頭に血が上ってのぼせそうである。