ルイジアナ州ニューオーリンズはアメリカで一番好きな場所である。アメリカの街はどうも皆似通って見えるのだが、ここは圧倒的なパーソナリティがあって、毎回訪れる度に、胸が高鳴る。
まずは何と言っても、元フランスの植民地の名残である、この街並み。
そして街のあちらこちらで聴ける、プロ顔負けのストリートミュージシャンの音楽。
あと、これも忘れてはいけない。伝統的なクレオール料理、ケイジャン料理。
しかし、私がニューオーリンズで一番好きなことは、これらではない。住人と話すことである。Uberのドライバー、店員さん、バーテンダー、いやあ彼らのバックグランドの広さには驚く。
そして7割方、このような言葉を発するのだ。
「昔住んでいたところで周りにハマらなくてね。だから自分のままでいられるニューオーリンズに来たんだよね。」
そのような言葉を聞く度に、「あぁ、自己主張がうまいアメリカ人でも、周りから理解されなくて悩んでいる人達もたくさんいるんだよなぁ。」と改めて気づかされる。そして、自己の幸せを追求するため、この地に移り住んできた人達の勇気に尊敬する。
その中でも特に私に影響を与えた人の話をしよう。私が離婚した直後、ふらっとこの地に一人旅をしに来た時に出会った、ある骨董屋のおじさんだ。
その骨董屋は、ヨーロッパ風の赤いドアが本当に可愛かったので、見た瞬間即足を踏み入れたのを覚えている。そのおじさんは、他のお客さんとの話が終わった後、満面の笑顔で私を迎えてくれた。
その後、どこから来たのか、から始まり、私のそれまでのアメリカでの生活について聞いてきたおじさん。長話になり、つい私自身の離婚の話にもなった。そして彼は、私の話を聞いてくれた後、自分の身の上話をし始めた。
「自分はね、ヴァージニア州の、まぁ都市でもなく田舎でもない、中途半端な街の出身でね。地元の大学を卒業した後、地元の銀行に勤めたんだ。
でもね、自分にはパッションがあった。それがね、祖母が集めていた骨董品だったんだよ。昔から眺めるのが大好きだった。それで、自分でお金を稼げるようになってから、骨董市に足繁く通うようになってね。そんな洒落たものは住んでいた街にはなかったから、遠出したよ。
そして気持ちが抑えられなくなって、ついに銀行を辞めて地元に店を出しちゃったんだよ。
だけどね、全然受け入れられなかった。『女っぽい骨董品集めて、気色悪い』とも言われた。あぁ馬鹿なことをしたなと最初は後悔したよ。
そんな時に、ふらっとニューオーリンズに来たんだ。そしてね、骨董屋街を歩いていて、お客さんとオーナーが楽しそうに話しているのを見て、思った。
『あぁ、生きづらいのは自分のせいじゃない。』って。
そしてすぐニューオーリンズに来たよ。そしてもう30年近く、ここで店をやってる。極貧の時代も経験したけど、本当にずっと幸せだった。」
そしておじさんは、私にこう告げた。
そして私はこの言葉に背中を押され、就職活動をし、ノースカロライナからシカゴへ移り住んだ。色々な考えを持つ人達に会い、シカゴ空港から気軽に様々な場所へ旅し、更にたくさんの人達と出会った。様々な困難で自信が打ち砕かれることもたくさんあったが、周りの人達の助けを借りながら、それらをなんとか乗り越えてきた。離婚前までは、自分がここまで強くなれるということに気づいてなかったと思う。シカゴは、自分の強さに気づかせてくれた、一生忘れられない場所である。
自分が自分の人生の経営者である。他人軸で生き、自分の人生なのに雇われ店長になってはいけない。理解者が周りにいないなら、理解者がいるところに行って自分の人生を売り出したらいい。自分の人生は、自分で創れる。ニューオーリンズの人達からの教えは、今後も私の中で生き続ける。
コメント
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